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「いなば食品」今どきの”若者”についていけない企業のリスク【ガバナンス時評#18】

八田 進二:青山学院大学名誉教授

発端は”時代錯誤”の新入社員向け社員寮

猫用おやつ「CIAOちゅ~る」やツナ缶「ライトツナ」などで知られるいなば食品で、新入社員が入社直後に大量退職したとの事例が報じられた。

『週刊文春』の報道によれば、その発端は「社員寮があると言われていたが、実際は驚くほどのボロ屋での共同生活」「募集要項よりも低い月給を提示された」など、待遇面での問題が発覚したからだという。

いなば食品は静岡に本社を置く1948年創業の水産物加工企業だ。ペット用のおやつが爆発的な人気を得たことで知名度も高まったが、報道が正しければ、会社の体質は古いままだったということなのだろう。

昭和の時代であれば、新入社員の寮が相部屋、というのも珍しくはなかった。高度成長期の地方出身者は学生時代から賄い付きの下宿先に住んだり、風呂なしアパートで暮らしたり、という生活状況にあるのも一般的な風景だった。

企業の社長の中には、古い世代になればなるほど、「給料は安かったけれど、会社が衣食住の面倒を見てくれたから、人並みの生活ができた」といった自身の体験を、今なお正しいものとして認識し続けている場合もある。

確かに、ネット上の写真で見る限り、いなばの社員寮は雨漏りがするなど「ボロ屋」と言われても仕方がないような古さを感じさせるが、経営者側は端から「若者は劣悪な環境に押し込んでおけばいい」などとでも考えていたわけでもないであろう。ちなみに、いなばのホームページには社長の稲葉敦央氏の《あいさつ》として次のような一文が書かれている。

〈当社の経営目的は「社員と社員の家族を守る。」です。社員への福利厚生、家族の幸せへの貢献を企業の責務として位置づけて、長きに亙って浸透されてきました。毎年の社員総会でも経営TOPが毎回それに言及し、全社員に誓っています。給与水準にも最大限配慮し「年間賞与支給も現状の平均8ケ月」を一段と伸ばし、早期に10ケ月をめざして一段と給与所得のより高い会社であることを目指します〉

これは単なる対外的な宣伝文句だったのか、今となってはその真意を測りかねるが、少なくとも「新生活、会社での活躍に胸を躍らせて入社した若い社員たちが、『ボロ屋』を目の当たりにしたらどう思うか」という点で認識の更新ができていなかったところに最大の問題があるようだ。

昭和から平成を経て、令和の時代を生きる今の学生たちからすれば、そもそも相部屋なんてとんでもない、という発想だ。「Z世代」などとも呼ばれる彼らは権利に対する意識も強く、おしなべて「個」を重んじる。あまり干渉されたくない、しかし人と比べてあまり差がない生活環境を望むケースが多いのだ。

いなば食品の新入社員たちの個別の状況は知り得ないが、これまで暮らしたことも見たこともないような「ボロ屋」を目の当たりにして逃げ出すのも当然なら、示された報酬が事前に聞いていたものと異なっていたことに不信感を抱くというのも当然というほかない。

報道を受けて、いなば食品側は自社サイトに経緯を説明する文章を掲載した。そこで住居に対しては次のような事情を述べている。曰く、新卒受け入れを担当していた副社長が入院し、その後死亡。次の担当者への引継ぎが遅れたことで、社員寮の改修業務が間に合わなかった、と。

また報酬に関しては、一般職と総合職で給与に差があるためだと説明しているが、新入社員側は「そもそも総合職と一般職で採用や条件が分かれていることも知らなかった」と話していると報じられている。

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