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【上場企業「適時開示」#1】旭化成20年ぶり最終赤字も年初来高値を呼び込む説明力

多い日は1日当たり1000件以上、少ない日でも200件前後の上場企業の適時開示が公開される日本取引所グループの適時開示情報閲覧サービス「TDnet」。そんな洪水のような開示情報の中から、筆者のアンテナに引っかかったものを抽出して分析する新連載、題して《オール上場企業「適時開示情報チェック」》。隔週での連載を予定しているが、「TDnet」は開示情報が百花繚乱の時期もあれば、全くと言っていいほど、見るべきもののない枯れた時期もある。果たして無事に連載を続けていけるか、不安もあるが、連載初回の俎上に載せるのは、2023年3月期決算が最終赤字に陥った旭化成だ。

3回も業績予想の下方修正を繰り返し、3回目の修正で当期純損益は700億円の黒字予想から一転、1050億円もの赤字に転落。それなのに発表翌日の3月9日の株価は年初来高値を記録したのが、今回の旭化成の適時開示である。

祖業は人造絹糸で織られたベンベルグ生地の製造販売だが、今では苛性ソーダ、アンモニアなどの化学品や合成ゴム、エラストマーなどの非塩ビ系の樹脂、医薬品、自動車の内装に使われる人工皮革やナイロン繊維、感光性材料などの電子材料といった、化学品メーカーの顔を持ちながら、プレハブ住宅(ヘーベルハウス)まで手掛ける。

ありとあらゆる原材料、燃料価格が高騰し、半導体に代表されるように備品不足も期初の想定を越えて深刻化する環境下。業績予想は2022年11月9日の2023年3月期第2四半期決算の発表時点と、2023年2月8日の第3四半期決算の発表時点の合計2度、下方修正され、営業利益は期初計画の6割、当期純利益は4割にまで引き下げられた。

そして3度目は2回目の下方修正からわずか1カ月後、3月31日の決算期末を目前にした3月8日。ここでは売上高、営業利益、経常利益の予想は変えず、当期純利益予想だけの変更だった。ところが、その額たるや、700億円の黒字から一転、1050億円の赤字。

理由は、リチウムイオン電池用セパレーター事業についてのグルーピング変更である。大きな成長が見込める事業の成長を加速させるため、見込めない事業を分離するにあたり、減損テストで発生した減損1850億円を特別損失で処理をするというものだった。

旭化成はセパレーター事業について、湿式LTB(リチウムイオン電池用セパレーター)のハイポワ、乾式LTBのセルガードと鉛蓄電池用セパレーターのダルミックの3事業を一体運営していた。ハイポワは旭化成が自社開発した事業だが、セルガードとダルミックは2015年に米ポリポア社買収で取り込んだ事業だ。

このうちEV(電気自動車)向けに高い成長が見込めるハイポワ事業と、そうではなくなったポリポワの事業を分離するというのが、グルーピング変更の骨子である。そのためにポリポワ買収時に発生したのれんの未償却分について、ほぼ全額減損処理をするという。

タイムリーかつ丁寧な旭化成の説明を市場は好感

本来なら、株価が急落してもおかしくない大幅な業績予想の下方修正だが、旭化成の場合、そうはならなかったことが刮目に値する。なぜか。

今回市場が評価したのは、多額の減損の原因となったグルーピングの変更によって、儲かっている事業の成長性や収益力がはっきり見えるようになったこと。それを期中、しかも間もなく決算期末になろうという時期に断行したこと。加えて、その理由を懇切丁寧に市場に説明したこと――だろう。

企業には一般的に、儲かっていない不採算事業のことを投資家から突っ込まれたくない、儲かっていたらいたで、競合先に自社がどのくらい儲かっているのか知られたくないという心理が当然に働く。

そればかりか、決算期末近くになれば、業績予想の下方修正は避けたいという心理もまた強く働く。実のところ、儲かっている事業と儲かっていない事業を同じグループにグルーピングしておけば、減損の計上も免れやすくなる。こうした“姑息なウラ技”を使う上場企業も少なくない。 

それでも、事業環境の変化などでグルーピングを変更するのであれば、通常は次期初から新たなグルーピングでスタートを切るべく決算期末に行う。それに伴って多額の減損が発生する場合でも、決算発表の数日前、もしくは決算短信の発表と同時に業績予想の下方修正を行うことは決して珍しいことではない。株主、投資家への説明も、決算発表から数日もしくは数週間後に開催される決算説明会において、全体の決算説明の中で行うこともまた、決して珍しいことではないのだ。通期の決算発表の時点では、投資家の関心は次の決算期の予想に完全に移っているため、終了している決算期で多額の損失が発生していると、V字回復のシナリオで説明もしやすくなる。

ところが、旭化成はそうしなかった。敢えて、通期の決算発表までまだ2カ月もある、目立つ3月上旬の時期に減損処理を発表。その分、説明を尽くすことで、多額の減損処理が成長を加速させるための施策であることをアピールできた格好だ。

具体的には、業績予想の修正発表と同時に全19ページのパワーポイントの説明資料、その要約版である10ページのテキスト資料、それに説明会の動画もコーポレートサイト上にアップ。ポリポア社買収の目的、その後の環境変化、ハイポワ事業に関する今後の戦略が、リアルタイムで説明会に参加できたであろう機関投資家だけでなく、誰にでも把握可能な状態にした。3月末の期末まで引っ張ることなく、タイムリーに戦略転換をし、なおかつ丁寧な説明によって真意を市場に理解させようとする姿勢。結果、株価は前日終値の971円70銭から高値991円へと、年初来高値を更新。市場もちゃんと旭化成の真意を理解したというわけだ。

四半期報告書が廃止され、四半期の決算短信まで任意化される流れの中で、上場企業に真の意味での“説明力”が本格的に問われる時代はもう目の前に迫っている。

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